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  • 2009.09.24 Thursday
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アルハンブラ宮殿について

アルハンブラ宮殿はイベリア半島最後のイスラム教国、ナスル朝が残した宮殿です。 アルハンブラ宮殿は、スペインのアンダルシア地方グラナダ県グラナダ市南東の丘の上に位置します。 ウマの背のような形をした丘は頂上部が長さ740m、幅205mにわたって平坦になっていて、夏場は非常に暑いと言われるグラナダの中でもとても涼しい場所に位置しています。

アルハンブラとは、「赤い城」という意味で、その由来は、城塞周辺の土地の土壌が赤いから、建築に使われた煉瓦の色が赤いから、宮殿が赤い漆喰で覆われていたからなど様々な説があります。現在では、イブン・アルハティブが唱えた、アルハンブラ宮殿増築の時に夜通しでかがり火を燃やして工事したためグラナダ平野から見上げた宮殿は赤く染まって見えたことからこのように呼ばれたという説が一般的になっています。

アルハンブラ宮殿は宮殿とは言いながらも、一つの城塞都市となっています。その中に住宅、官庁、軍隊、厩舎、モスク、学校、浴場、墓地、庭園といった様々な施設を備えていました。その大部分はイベリア半島最後のイスラム政権・ナスル朝の時代に建設されました。アルハンブラ宮殿は異なる時代に建てられた様々な建築物の複合体であり、時代により、建築様式や形状などが多種多様です。その原型はアルカサーバと呼ばれる砦だと言われていて、これは9世紀に建設されました。宮殿の建設は1238年に、ナスル朝アルアマール王の命令で着手し、それ以降21人の王たちによって増改築が重ねられていきました。王たちはアルハンブラ宮殿の造営を通して、ひたすらイスラムの美を追求していったようです。

711年、イベリア半島に進出したイスラム勢力はあっという間に半島を制圧しました。そして、1238年からアルハンブラ宮殿の建設に取りかかるのですが、15世紀末にスペインのカトリックのレコンキスタ(イスラムに対するキリスト教勢力の大攻勢)により、グラナダが陥落すると、イベリア半島は再びキリスト教制力のものになります。グラナダ陥落後、街のモスクは破壊され、カテドラル(大聖堂)が建築され、アルハンブラ宮殿の一部にも手が加わりましたが、その美しさ故に完全に破壊されることはありませんでした。 現在では、イスラムとスペインの文化の特徴が入り交じる独特の雰囲気が魅力となっています。 1984年、グラナダのアルハンブラ宮殿、ヘネラリーフェ離宮、アルバイシン地区が世界文化遺産に登録されました。

アルハンブラ宮殿のナイトビジットでは、ライトアップされたナスル宮が幻想的な世界を体験させてくれます。アルハンブラのナイトビジットは、入場者数が制限されているようです。アルハンブラ宮殿の違った側面を見てみるのも良いですね。


アルハンブラ宮殿
アルハンブラ宮殿(http://travel.jp.msn.com/special/heritage/1213/photos2.htmより引用)

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